祇園祭 疫神社夏越祭
7月31日、
祇園祭の結びの行事、
「夏越祭(なごしさい)」が
八坂神社さんの境内にある疫神社で
行われました。
●午前10時より、関係者の方が集まり
儀式が始まりました。
初夏の日差しが振り注ぐ中、
一般の方も多く見守っておられます。
「疫神社」前にて
●直径約2メートルの茅(ち)の輪をくぐり、
祭りが終わったことへの
感謝、無病息災を祈り、
「蘇民将来子孫也」とかかれた、
護符と粟粥を授かります。
【護符「蘇民将来子孫也」の由来】
八坂神社の祭神
「素戔嗚尊(スサノオノミコト)」が
旅をされ、一夜の宿をお願いしたときに、
裕福な巨旦将来(こたんしょらい)はこの願いを受け入れず、
疫神社の祭神である、貧しい蘇民将来(そみんしょうらい)は
粟で作った食事で精一杯おもてなしをされました。
素戔嗚尊は
そのおもてなしに感謝され、
これより将来、蘇民将来自身と、子孫に
疫病から逃れる事が出来るよう、
「蘇民将来子孫也」と記した護符を
約束として渡しました。
この「夏越祓」で、1ヶ月に渡った、祗園祭が幕を閉じました。
京都で育った私にとって、
「祗園祭」は毎年来る、当たり前の行事でした。
それでも、家族が祗園祭にご縁がある事、ある方との出会いをきっかけに、
ここ数年、知れば知るほど、奥が深く、興味深いものとなりました。
元々は疫病を封じるために、行われた祈願がこの祭りの原型といわれています。
1100年以上、移り変わる時代の中で、
幾多の戦争などの困難な時代を乗り越え
「都の平和への祈り」「文化の継承」の熱い思いで、
京の人々が守り続け、現在に至ります。
関わる全ての方々に、本当に頭が下がる思いです。
祇園祭が終わり、さらに暑くなる、京都。
今年もたくさんの感動をありがとうございました。
LST 西川 徳子